巫女の予言の導入文

オルランド・ディ・ラッソ(1532-1594)の『巫女の予言 Prophetiae Sibyllarum』は、51年ローマにおけるルシターノとヴィチェンティーノによる半音階主義をめぐる論争から大きな影響を受けたと推定されている。(注)

この作品はプロローグおよび12のマドリガーレ(それぞれ古代の巫女の予言を歌詞に用いる)からなり、冒頭の、これだけはラッソ自身による歌詞(すぐあとに見るとおり、作品全体の紹介である)を用いた楽曲から一貫して高度な半音階技法を駆使した作品だ。先述の論争というのは、二人のルネサンスの音楽理論家による古代ギリシア音楽に対する解釈をめぐるもので、時の多数派は全音階的作曲法を主張したルシターノを支持したが、ラッソは半音階主義を採るヴィチェンティーノの側につき、まさにその立場から『巫女の予言』を作曲したと考えられている。この作品はラッソの生前には出版されず、パトロンへの捧げ物として書かれ、フランス国王など権威ある人々のためだけに演奏されたという。
ここではそのプロローグの歌詞(ラテン語)を紹介する。いきなり“半音階的に Chromatico ”という語を置いているところに、若きラッソの意気込みが現れているとみなすこともできる、興味深いものである。

Carmina Chromatico, quae audis modulata tenore,
Haec sunt illa, quibus nostrae olim arcana salutis
Bis senae intrepido, cecinerunt ore sibyllae.

私はラッソがどのような基礎教育を受けたのかについてくわしく知らない。このラテン語に関していえば古典的と言っていい韻文だと思う。
最初のCarmina Chromatico の二語は性数格の上で結びついておらず、chromatico(男性単数奪格)は同じ性数格のtenore とともにmodulata の補語である。韻文ゆえに許される語順の自由な入れ替えを、“半音階の carmina(碑文、歌)”という、本曲集全体の性格を示すために利用している。
quibus 以下も、nostrae とsibyllae のサンドイッチによってこの曲がいにしえの巫女によって歌われたものであることを示し、それによって、この曲を書き記した「われわれ」が、いまこの曲を聴くあなた(一行目のaudisに注意)とは異なる時点に立っていることを暗示している。
あえて直訳すると次の通りである。

歌、半音階の調べで歌われたのを今あなたが聴く
それはいにしえの時、救済の神秘を、われらの
十二人の巫女が、ゆるぎなき口調で伝えたその歌だ

注 ヒリヤード・アンサンブルによるラッソ『死者のためのミサ曲』、『巫女の予言』のCD(1998, ECM Records POCC-1048)に掲載された、メンバーの一人である碩学、ジョン・ポッターの解説を参照した。

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