「いち期は夢よ 御狂へ(注a)」(鈴木清順)

「いち期は夢よ 御狂へ」。今月の特集に寄せて、鈴木清順監督自ら神保町シアターに贈った色紙にはこうある。「ツィゴイネルワイゼン」の中砂(原田芳雄)は、親友青地(藤田敏八)の不在時にその妻(大楠道代)のもとを訪れ、原田本人の言によるとそのまま引き上げたとのことながら、病床にある大楠の妹の証言に従うと、そして彼女の夢を途中から奪った藤田の幻視によれば引き上げるどころか亭主の不在をいいことにその場で獣のようにつがってしまうのであるけれども、いずれにせよその直後、原田は藤田と落ち合って蕎麦を食い、帰りの道すがら「取り換えっこ」の約束を交わす。夫婦のそれではない、骨のである。先に死んだ方が残された方に骨を寄贈するという交換の約束である。しかし、よく考えると、これのどこが取り換えっこなのだろうか。骨が取り換えられるわけではないし、いわんや死期の先後をや(注1)。ともあれこの場における藤田の「正気か」という問に、原田は語気も荒く「今さらそれはないだろう。僕は生まれた時から狂ってますよ。お前もそれを承知でつきあってきたのだろう」と答える。最後の「お前もそれを承知で」を除き、この原田の言を、清順監督の御言葉への返しといたします。

神保町シアターでの卒寿清順特集も最終週に入った。今週上映される5作品のうち最初期の2作「悪魔の街」(56年)と「けものの眠り」(60年)の組合せは、前者のカメラが永塚一栄(「春婦傳」「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」等々)、後者のそれが峰重義(「悪太郎」「肉体の門」「河内カルメン」等々)であり、優れた撮影監督と清順監督とのタッグを最初期の作品において見比べることができるという意味でとても興味深いものである。清順の50年代後半期は、監督自身に言わせれば会社との軋轢がいろいろあった時であるから、56年作品と60年作品を同列に最初期と言うのはよくないかもしれない。それはそうなのだが、「悪魔の街」における清順+永塚のコンビネーションは「ツィゴイネルワイゼン」での復活を想起させる素晴らしさであり、清順独自の映画技法に磨きがかかりつつあった60年代劈頭を飾る「けものの眠り」での、清順+峰タッグの完成度をふまえてあえてこう言いたい。鈴木清太郎名義で撮られた文字通り最初期の作品群には、後年開花する清順のタッチが凝縮されている。60年代作品のおもしろさはだれでも見て取ることができるけれども、清太郎作品は必ずしもそうではない。その理由のひとつは「御狂い」ぶりがストレートであることで、これはむしろ80年代以降の作品群に近い。

「けものの眠り」のショットと編集は凄い。長門裕之の説得に半ば動かされていても、父を信じたい吉行和子の表情の変化を捉える繊細な映像(線路脇あるいは港のふたりの歩みを追うカメラの動きを含めて)。一夜の張り込みが明けて化粧を直す吉行(こんな化粧直しのアイディアは清順作品以外で見たことがない)を捉えるカメラがいきなり乱暴にパンしたかと思えばそのままクレーンで救急車を捉え、カット後ふたつ目のクレーンが救急車とパトカーから降りる人々を地上に向けて追うシークエンス(旅館「浮月」の心中発見)。互いに無関係な場所をつなぐ見事な撮影――横浜の新居を下見に来た親子三人(芦田・山岡・吉行)のなごやかな歩みのショットに続く横浜のナイトクラブでの死体発見のショット(楠侑子と客ふたりの後ろ姿を並べて先の親子三人の構図とのリズミカルな連携を図り、縦のパンで楠が奥に消えるのを追ってから、交替に画面に入ってくる女給の動きとともにカメラが引いて死体のアップになる)。そして作品中盤で短く挿入され、ラストの伏線となる暖炉(じっさいにはガス暖房)とプロパンガスのさりげないショット。たしかにこれらの映像群の力は清順監督の真骨頂である。しかし、少なくともわたしは、この作品と「悪魔の街」とを同じ日に同じ映画館で見ると、後者の方をおもしろいと感じる。

永塚一栄と清順監督との希有なコンビネーションに対する思い入れがあることは否定しない。さっそくわたし自身、どうしてそういう思い入れが生じたのかについて、その理由を検討してみた。このふたりが撮ると作品に決着がつかないというのがとりあえずの感想である。「ツィゴイネルワイゼン」のラストではなんとなく藤田敏八が三途の川を渡ればよいような気分にもなるが、「陽炎座」となるとそうはいかない。永塚の絵はいつも開放的で、私見では峰重義以上に清順的である(端的な違いは野川由美子を主演に据えた「春婦傳」と「肉体の門」を見比べればわかる。わたしはどちらも清順の最高傑作だと思うが、清順の可能性をよりよく示しているのは「春婦傳」ではないか)(注2)。「悪魔の街」について、先に「けものの眠り」についてあげたようなあからさまな魅力を書くのはむずかしい。細かいことを言えば、バーのマダム志摩桂子が地下のバーを見下ろすショットや、少し後の乱闘でその上面のガラスが割れた後の背景に「大井映画」の看板が見えるところ、公衆電話のボックス内で撃たれる三島謙と、発見された死体の指に挟まれたまま燻ぶり続けるタバコ、菅井らの仕事の獲物を四人で分ける時の足元から見上げるショット等々、凝った(そして不思議な)ショットはたくさんある。しかし、この映画の魅力は菅井一郎の無意味な逃走にあるとわたしは思う。彼の企ては最初から破綻しているが、その破綻が映像を引きずっていく。悪く言えばとりとめがなく、よく言えば開放的であり、その開放性に永塚のカメラがよく合っているのである。

たとえばラストの石油の精製所の場面。これを峰重義が撮ったらどうなるのだろう。「けものの眠り」のラストと比較することは恣意的にすぎると叱られるだろうが(こちらでは新興宗教のアジトが“無事に”炎上して終わる)、「悪魔の街」の菅井一郎の自分勝手な死にざまは、やはり永塚が撮るべきであったとわたしは納得してしまう。理由はこの映画が終着点、あるいは落としどころを求めていないことにある。「悪魔の街」の菅井一郎はまったくわけのわからない人物である。とりあえず香港に高跳びすることを狙っているが、一方で過去への復讐を忘れられない。この両義性ゆえに映画も混乱し、映像も同様である。しかし、だからこそ「殺しの烙印」の停滞と同じ、にっちもさっちもいかない状況がわたしたち観客の前に現れる。これはどこかで見たことがなかっただろうか? 時系列をさかさまにすれば、「陽炎座」のめんどくささがこれに近いのではないだろうか。

注a 2017年6月から7月にかけて神保町シアターで行われた鈴木清順追悼特集の会場に、監督自筆のおそらく同じ色紙が飾られていた。読み直したところ「いち期は夢よ 只狂え」が正しい。お詫びして訂正する。(2017/6/16追記)

注1 彼らが本当は何を「取り換えっこ」する約束をしたのかについては、別に論じる予定である。

注2 数えたことがないので正確なことはわからないが、清順の“最高”傑作は優に20作はある。

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