恐るべき子ども

ジェイムスンの記事を通して、クルーゲがまたとんでもないことをしていたのを知った(Fredric Jameson, “Marx and Montage,” New Left Review 58, 2009)。マルクス『資本論』を映画化しようとしたエイゼンシュテインの企てをめぐる、クルーゲ自身による映画を用いた考察である(DVD3枚、計570分)。ジェイムスンはうれしそうに報告しているが、英字幕も付いていないこんなものを、はたして全部視聴したのだろうか(注1)。

(注1) Film D’Auteur – The German publishing house of Suhrkamp launches a promising collection of films starting with Alexander Kluge’s “News From Ideological Antiquity” http://www.goethe.de/kue/flm/fim/en4107328.htm

すでに4年前のことである。わたしはといえば今年になってゲーテ・インスティトゥート東京の特集で、ようやく彼の60年代作品をいくつか見たというテイタラク――いかにも錆びついたアンテナだ。しゃくにさわるのでネクト―クルーゲ『公共圏と経験』の英訳(注2)を読み始めた。ミリアム・ハンセンの序文がなかなかおもしろいから、序文だけでもその概要を近いうちに報告する。

(注2) Oskar Negt and Alexander Kluge, The Public Sphere and Experience, tr. Peter Labanyi, Jamie Owen Daniel, and Assenka Oksiloff, Minneapolis: the University of Minnesota Press, 1993

『イデオロギー的なる古きをたずねて新しきを――マルクス、エイゼンシュテイン、資本論』(“Nachrichten aus der ideologischen Antike. Marx – Eisenstein – Das Kapital” (News From Ideological Antiquity. Marx – Eisenstein – Das Kapital))は、長尺ゆえネクト―クルーゲの “Geschichte und Eigensinn” 同様、邦訳(日本語字幕)が日の目を見ることはないだろう。今のところひどく安い値段でDVDが入手できるので、見るだけは見てみようか。

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