ジゼル・ツェラン=レトランジュ

神奈川県立近代美術館鎌倉別館で少し変わった展示をやっている。「西洋版画の流れ/特別展示 ジゼル・ツェラン=レトランジュ」(12月1日まで)。美術館所蔵のジゼル・ツェラン=レトランジュの作品を中心に(彼女の夫パウル・ツェランの翻訳で知られる飯吉光夫氏の所蔵品も出品されている)、ピーテル・ブリューゲルからピカソ、戦後日本作家に至る版画作品で構成された、瀟洒にして粋な企画である。http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2013/prints_gisele/index.html

ジゼル1974-75年のエッチング 《ワインと喪失のときに “Bei Wein und Verlorenheit”》 (先のサイトから写真を見ることができる)は、パウル・ツェランの詩に添えられたもので(慣用にしたがってこの語を使うけれども、両者は相互に刺激を与え合い、受け止め合って制作された作品である)、版画と隣り合ってパウルの詩(ドイツ語。邦訳あり)が展示されている。

展示されているパウル・ツェランの一節を掲げる。

Bei Wein und Verlorenheit, bei
beider Neige:

ich ritt durch den Schnee, hörst du,
ich ritt Gott in die Ferne – die Nähe, er sang,
es war
unser letzter Ritt über
die Menschen-Hürden.

「遠く-近く、神を駆ける(神に騎乗する)」というイメージの強烈さはもちろんのこと、冒頭の「バイ・ヴァイン・ウント・フェアローレンハイト、バイ・バイダー・ナイゲ」の鐘が鳴り響くように執拗な「アイ」の音の連打はどうであろう(bei beider Neige というのはワインの盃を差し向かいで飲むところから、「ともに飲み干して」というニュアンスがある。それだけでなく、ドイツ語のNeige(「器のなかの残り」「終わり」)はフランス語のneige (「雪」)のアナグラムであり、次の行のSchnee(ドイツ語の「雪」)と意味上の「韻」を踏んでいる。これはけっして衒学的な話ではなく、ドイツ語圏で育ったパウルとフランス貴族の出であるジゼルの出会いと別れを、差し向かいで飲み干すワインの形象を通して、死を間近に控えたパウルが意図的に描出したものと解すべきである)。(注)

この響きに重ねて版画を見ていただければ、会場での衝撃を少しばかり感じていただけるかもしれない。

出展されたジゼルの作品は少なく、パウルとジゼルの共同制作の全貌を見て取ることができるとは言えない。しかし、足を運ぶ価値のある企画展である。

(注) あとで確認したところ、この詩の制作年は63年なので、「死を間近に控えたパウル」は明らかに誤りである。「追記」において訂正した(2013年11月10日)。

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