聖なる愛と俗なる愛――モーリス・ピアラ『ポリス』

モーリス・ピアラの作品ではすべてが同じ現前の平面上に乗っている。嘘と真、仕組まれた愛と真実の愛、俗なる愛と聖なる愛、等々。

『ポリス』。ドパルデューがシャンゼリゼで新聞を買いに行き、車に戻ってからソフィー・マルソーに迫られてびっくりするショット。びっくりするのは見ているこちらだ。何に対してびっくりするのかと言えば、(ドパルデューにとっての)捜査のための手段と、(ソフィー・マルソーにとっての)生き残るための手段の描写が、刑事事件の日常的な捜査あるいは麻薬密売組織の連中の会合のショットとまったく同じ水準で扱われ、それらをいちおう終結させるためには、ストップモーションを使用するくらいしかやり方がないというほどの徹底した一貫性に対してである。

『ポリス』は映画というジャンルが多様性でなく一貫性を指向したときの、あり得べき事例である。

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